秘密の花園

 作品概要

ミッション系の女子高に通う少女達の日常と少しの非日常を、
時に活き活きと、時に淡々と描いた作品。

思春期特有の漠然とした不安、
他人を求める気持ちと拒絶する気持ち、
それらが絡み合って複雑に揺れ動く思いを綴っています。

著者は直木賞(2006年)受賞作家であり、
百合姫でエッセイ「百合の花粉は落ちにくい」も連載していた三浦しをんさん。

 百合ポイント

那由多(なゆた)を主人公とする「洪水のあとに」、
淑子(としこ)を主人公とする「地下を照らす光」、
翠を主人公とする「庭園の花守りは唄う」、
の3篇から構成されています。

3篇ともストーリー上のつながりがあるので
前のほうから順番に読むのをおすすめしますが、
百合といえるほど女の子同士の関係を濃く描いている作品は
3篇目の「庭園の花守りは唄う」のみです。

洪水のあとに

普通の女の子のようでいて、どこか影があるというか、
ちょっと屈折した部分のある那由多(なゆた)が主人公。
ストーリーの大部分はなんてことのない日常のお話なのですが、
時に自分でも理解できない不安や衝動に突き動かされる、
不安定な心が描かれています。

すでに関係が冷めかかっているとはいえ、
普通に男の子の恋人がいるので、
百合目的で読むにはちょっと苦しいかも。

地下を照らす光

明るく感情豊かな性格の淑子が主人公。
ただ、実は学校の男性教師と付き合っており、
淑子はその先生にかなり強い愛情を持っています。
しかし、先生が世間体を気にして距離を置くようになって以来、
淑子は精神的に追い詰められていきます。
普段の明るく素直な性格と、
後半になるにつれて他人を疑い憎み始める気持ちの対比がみどころでしょうか。

というわけで百合とはちょっと程遠い内容なのですが、
ただ、淑子が那由多と翠の信頼関係に憧れたり、
自分も2人と友達になりたいと思って積極的にアプローチしたりする過程が
ちょっと百合っぽく思えるかもしれません。
後半は結局先生の話ばかりになってしまいますが・・・。

庭園の花守りは唄う

美しい容姿だけど、
物静かで近寄りがたい雰囲気のある翠が主人公。
百合的には本命のエピソードです。

翠は無口なためか誤解を招きやすいようで、
学校で友達と呼べる人間ほとんどおらず、親しい人間は那由多だけです。
翠はその那由多に対して特別な感情を抱いており、
その気持ちは那由多との初対面を回想する場面で端的に描かれています。

「最初から、那由多だけは特別だった。
一目惚れや運命の相手なんて信じはしないが、
この学校の桜の木の下で彼女に初めて会ったとき、悟った。
生きているかぎり、那由多にとらわれつづけていく。」

翠はこの気持ちを友情を超えたものであると自覚していますが、
恋だと確信しているわけではなく、
とにかく那由多とずっと一緒にありたいという思いだけが
翠の中で強くなっていきます。

ただ、作中で翠が那由多に対してその想いを伝えることはありません。
そのため、那由多が翠の気持ちに気づくこともありません。
そして翠はきっとこれからもこのままだろうと、
ある種達観したような気持ちで那由多に接しています。
そのためストーリー上で特に百合な出来事が起こるわけではなく、
あくまで翠視点のモノローグ部分だけがひたすら百合という感じですが、
今後恋になる可能性が完全否定されているわけではありませんし、
こういう恋の形もあってはいいのではないかと思います。

 結末は・・・?

百合と関係ないうえにちょっとネタバレになりますが、
この作品は結末らしい結末が描かれていません。

例えば「地下を照らす光」は淑子がどこかに行ってしまうところで終わります。
そして「庭園の花守りは唄う」は、視点が翠に移るものの実質的には
「地下を照らす光」の続きになっており、
翠と那由多が淑子を探すストーリーになっています。
ところが「庭園の花守りは唄う」も淑子を探す途中で終わっており、
結局淑子はどこに行ったのか、翠と那由多は彼女を発見できたのか、
わからないまま小説の幕は下りてしまいます。

これは結末を読者の想像に任せようということなのか、
ストーリーよりも主人公達の少女の内面描写がメインだということなのか、
いずれにせよあまり後味の良くない終わり方です。

彼女達3人のその後がとても気になるところですが、
作者の「あとがき」には、3人はその後も元気に生きていくことを示唆する
コメントが書かれているので、その点は安心して良いみたいです。
だとすれば、翠と那由多(ついでに淑子も)の仲はずっと続いて、
やがては翠と那由多の気持ちも通じ合って・・・
みたいな展開を想像してみるのも許されるかもしれません。
さすがにそこまでは書いていないので、本当にただの想像の域ですが。

ちなみにこの「あとがき」、文庫版には収録されていないようなので、
あとがきの内容が気になる方は注意。

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